6/13 移動日 新幹線で新花巻に入り、バンで宿泊先である遠野市綾織町公民館に到着
6/14(実働初日)
作業現場: 陸前高田市米崎町館 民家跡地と隣接する沢
作業内容: 堆積したガレキの撤去
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遠野まごころネットの朝礼 |
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ここからは陸前高田市、大槌町、釜石市の複数個所の各現場に当日編成されたボランティアグループがバスで投入される。
朝礼は、新たに参加するボランティアのために毎朝同じ内容。印象に残るのは「三つの坂」「三つのア」「三つのワ」。
「謙虚さ」と「感謝の気持ち」についての指摘もあるが正直最初はぴんとこない。現場で作業するとその重要性を身に染みて理解することになる。 |
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陸前高田市 |
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中央の一本杉が復興のシンボルだが、手を尽くしているにもかかわらず塩害で枯れつつある |
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宿泊地である遠野市中心部の月夜の夜景 |
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同等に美しいはずの沿岸部の現状とのギャップを思うと胸が詰まる |
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6/15(実働二日目)
作業現場: 大槌町小槌 川沿い民家横の斜面と側溝
作業内容: 堆積したガレキの撤去
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奥に見える有名な水門とそこに流れ込む川 |
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橋脚は三脚以上あったはずだが一脚しか残っていない。
川沿いの樹木は上のほうだけ枯れている。川を遡った炎がどれだけ高い位置を舐め回したのかがよくわかる |
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6/16(実働三日目)
15日と同じ現場で同じ作業
6/17(実働四日目)
作業現場: 陸前高田市米崎町館 四棟連続する民家跡地とその周辺
作業内容: 堆積するガレキと民家に乗り上げた漁船の撤去
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現場で許可を得た上で撮影した唯一の写真。 |
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作業現場ではあらゆることに配慮がなされ、一切の写真撮影が禁止される |
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6/18(実働五日目)
作業現場: 大槌町小槌 川沿い民家横の斜面と側溝
作業内容: 堆積した土砂の撤去・搬出
自費参加の消防署員4人が加わり土嚢作業の能率が格段に向上するが一日がかりで2m程度しか先に進めない。
6/19(実働六日目)
作業現場: 陸前高田市米崎町堂の前 民家跡地
作業内容: すでに他のチームがガレキを撤去した現場での最終仕上げなど
6/20(実働七日目)
作業現場: 釜石市箱崎 一軒家
作業内容: 浸水した屋内からの家財道具・ガレキ等の撤去と搬出
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終日運転した軽トラ改造ダンプとパートナー |
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道が細く住居が密集している住宅地などでの機動性は抜群で、ガレキなどの障害物などものともしない。400sしかない積載量のハンデは運搬回数で補う。 |
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6/21(実働八日目)
作業現場: 釜石市箱崎 一軒家と隣接する住宅
作業内容: 20日と同じ現場の仕上げと隣接する住宅でのガレキ撤去・搬出
前日からの十数人による突貫作業は三か月以上放置され、あきらめムードが漂う住宅地に衝撃を与えたようで、近隣の皆さんから依頼が殺到するという喜ばしい結果につながった。
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運搬先の集積場は海岸線沿いで高い防潮堤に守られている。 |
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しかし大きくえぐれている海側や海抜20mほどの高さにある監視小屋の損傷具合が人智を超えた大津波の脅威を見せつける |
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6/22 移動日
新幹線で現地を離れた。
宿泊先の遠野市は沿岸から40q程度内陸に位置し、ほとんど被災していない。
それにもかかわらず街中にボランティアへの感謝の気持ちをしたためた横断幕が張られ、会う人皆に「ありがとう。」と声をかけられる。
「感謝されて当然」などという勘違いは実働初日に捨てたつもりだが、大した成果もないのにお礼を言われるとやはりうれしく、涙が出そうになる。
自分たちを現地に送り込む遠野まごころネットは岩手県内の復興支援事業の核となっている。
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ボランティアは毎朝ボードの希望する派遣先に自分の名前を書き込む。 |
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ほとんどが自費で参加し、隣接する体育館で寝泊まりしている全国から集まる個人ボランティアには本当に頭が下がる。 |
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