自分の生命や身体、財産を守るための行為が違法であっても正当であれば罪を問わない定義として、「正当防衛」と「緊急避難」があります。
しかし、正当防衛については広く誤って認識されています。
テレビドラマなどでは襲ってきた相手を殴り倒しても、現場にきた警察官の判断で無罪放免になるという印象を受けますが大間違いです。
たとえ反撃が正当であっても、その行為で被害が出れば、その行為単体について事情聴取や現場検証、供述調書の作成といった警察での手続きがあります。これらいわゆる取調べの後に身柄ごと検察に送致されるか、書類のみが送致(書類送致)され、軽擦でも事情が聴取され、事実が検証され、検事が正当防衛であるかどうか?起訴するかどうかを判断します。少しでも度を越していれば過剰防衛として起訴され、遅々として進まない日本の裁判システムに貴重な時間を奪われることになります。
正当防衛と犯罪行為は、「行為が故意であったか?」「する必要があったのか?」の違いから判断されることが多く紙一重です。正当と思って行った行為が犯罪と認定されることもあります。運良く過剰防衛と判断されれば減刑されることもありますが、犯罪であることに変わりありません。
緊急避難にも同様の判断が当てはまり、注意が必要です。
・正当防衛(刑法第36条)
「とっさの場合には、法の保護が間に合わない恐れがあるので限られた条件のもとでは、殺人であっても自力で不正な侵害を排除することが許される。その結果、侵害者が害を蒙る事があってもやむを得ない。」
犯罪とは、する必要のないことを自分の意志(故意)で行うことです。この不正な犯罪行為に対して、自分の生命や財産を守るために必要な行為で対抗することは、「犯罪の成立要件」を満たさず、罪にならないという定義です。
成立の要件は、
・不正、不法な侵害がある時であること
他人から暴行を加えられ、殺されようとしている時や、何かを盗まれようとしている時に自己防衛のためにする行為が違法であっても罪になりません。
また、不正だが犯罪にならない行為(精神病者による侵害行為など)に対しても正当防衛は認められます。相手がこちらの言葉尻を捕えて殴りかかってきた場合も正当防衛になりますが、殴り合いは喧嘩両成敗です。正当防衛は認められません。
・急迫である事
ただ今、相手から暴行などの侵害を加えられている必要があります。現在進行している侵害(現行犯)に対してのみ正当防衛は成立します。
翌日相手に襲われるという確信があり、それを防ぐために相手に危害を加えたら暴行で、罪を問われます。また物を盗まれた後で気付き、これを取り返すのは「自救行為」になり許されません。しかし、窃盗犯人を追いかけて盗まれた物を取り返す場合には正当防衛が認められることもあります(準現行犯)。また、差し迫っている侵害が自分と無関係の第三者に向けられていてその者を助けるための行為であっても正当防衛は成立します。
・必要な限度を越えない事
凶悪な侵入盗に対して、恐怖のあまり犯人を殺傷しても正当防衛と認められますが、単純な物取りの泥棒を殺したら明らかに行き過ぎで 過剰防衛になります。
正当防衛とは現在行なわれている違法行為から自分を守るためにする行為の事です。違法な行為で他に防衛の方法があったとしても認められ、他人の救済のためにも認められます。しかし限度を越えない事が前提条件で、過剰防衛で罪を軽減されても罪は罪です。
具体例(チカン撃退)
電車の中でチカンされ、手持ちの催涙スプレーで反撃したとします。
相手は声も出せず、身動きできずにもがき苦しむはずで、立派な正当防衛です。
しかし、催涙ガスは気化します。同じ車両内の乗客全員がもがき苦しみ、さながら地下鉄サリン状態にななるでしょう。チカンで受けたであろう被害の程度を越えて(度を越して)、無関係の乗客に被害を与えたと認定されれば、罪を問われる可能性があります。
・緊急避難(刑法第37条)
「社会生活の中でごく希に自分を救うために害の無い相手を傷つけ、あるいは自然の猛威の中でやむを得ず他人を押し退けねばならない事がある。このような場合には刑罰の対象にはしない。」
正当防衛同様に緊急避難も犯罪の構成要件を満たさず、罪にならない行為(違法阻却事由)と認められています。
成立要件は、以下の通り。
・切迫している事
自分や他人の生命・身体・自由・財産に危険が切迫している事。台風・火災・自動車事故など危険が進行中か、差し迫っている時に緊急避難が認められます。
・他人への損害
他人の財物を傷つけ、あるいは他人を突き飛ばして損害を与えたり死なせたりする結果になっても、切迫した状況の中での「助かりたい」との防衛本能が重視されるため、緊急避難は認められます。
・他に方法がない事
正当防衛と違い、他に方法があるのに他人を死なして避難したら過剰避難になります(緊急避難の補充性)。例え自分が危険であっても、他人も守れる他の方法があれば、その方法で避難しなくてはいけません。
・被害程度の限度
避難する事で他人に与えた被害が、防ごうとした害の限度を越えてはいけません。火災から自分の持ち物を守ろうとして他人を突き飛ばして怪我をさせたら過剰避難です。
「助かりたい」と思えば何をしても良いということではなく、他の方法を探すことがはあたりまえの義務です。
船が転覆した洋上で、助かりたい一心から「他人の掴まっている浮き輪」を取り上げることは許されず、溺れそうでも10メートル先に浮く「誰も掴まっていない浮き輪」に掴まれということです。
警察官や消防官、危険を承知した上でその場にいる者には緊急避難は適用されません。
たとえばビル火災などで、警備員が避難誘導を適正に実施するのは当然の義務です。真っ先に逃げ出すようでは話になりません。(受忍義務)
緊急避難という言葉を巧みに使う業者もいます。
アル中や精神障害者を家族からの依頼で強制的に療養所に送り込むという業者は、街中で異常者を捕まえて車に押し込み、ノンストップで契約先の病院に押し込みます。現場を見かけた第三者が110番通報などしたらどうする気なのでしょうか?下手すれば拉致・監禁、誘拐です。「他に方法がないという家族の依頼で緊急避難的な措置として実行した」との言い訳を準備しているようですが、通用するのかどうか疑問です。
犯罪行為による脅威から身を守るのが正当防衛、規模の大きな災害から身体財物を守るのが緊急避難と判断してよいでしょう。どちらも自分だけでなく他人を守るためにも行えますが、何もしていなければ受けたであろう被害の程度を越えないように注意する必要があります。
遭遇する可能性が高いのは正当防衛ですが、犯罪が進行中でないと反撃が違法になり(復讐・報復の禁止)、予防のための違法行為は認められないことに注意してください。
(2014年2月7日に一部内容を更新)